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フランスの音がトランペットの新時代をひらく

日本のトランペット界に長年貢献し、現在も日本を代表するトランペット奏者としてご活躍を続ける杉木峯夫氏と、21世紀のフランスのトランペット界を担うアンサンブル・アンテルコンタンポランのトランペット首席奏者クレマン・ソニエ氏(以下敬称略)。トランペットのフランス学派に造詣の深いお二人に、〈アントワンヌ・クルトワ〉の新製品トランペット“コンフリュアンス”について語っていただきました。
(取材・構成:佐藤拓 通訳:岡本和子)

 
 
〈アントワンヌ・クルトワ〉“Confluence”を生んだフランス伝統のトランペット・サウンドを語る
 
杉木 ソニエさんがソロをお吹きになったアンテルコンタンポランのコンサート(4月9日・東京文化会館小ホール)は本当に素晴らしかった。何よりもソニエさんの、あの輝かしい音!
 
ソニエ ありがとうございます。ホールの音響も良く、とても快適に演奏できました。
 
杉木 ピシッと焦点が絞られたようなソニエさんの音を聴いていると、マウスピースからベルまで、一本の真っ直ぐな息の通り道が目で見えるようでした。ベルの方から覗くと、ベルの向こうにマウスパイプが見え、その奥に振動する唇までもが見えるような……。大きな音ではなくても、フォーカスされた音。そうした音は、大きなホールになればなるほど音は拡がっていきますね。
 
ソニエ まさに私が目指していることです。フランスのトランペットの音自体が、そうしたキャラクターを持っていますね。息がワンポイントに集中するような音。
 
(写真 © Yusuke Masuda Spring Festival in Tokyo 2024)4月9日、東京文化会館小ホールで行われたアンサンブル・アンテルコンタンポランのコンサートでソニエ氏は、ミュートを多用してトランペットの様々な音を聞かせるベッツィ・ジョラスの「エピソード第3番」を演奏。聴衆に大きな感銘を与えた。

 
フランスの音も「フランス語」
 
杉木 僕は1970年にパリ音楽院に留学し、卒業後に国立リヨン管弦楽団に入りましたが、今おっしゃったフランスの音の違いを身近に感じました。トランペットセクションは、僕以外、みんなフランス人。全員がフランス語で演奏しているんです。僕だけ日本語で演奏するわけにはいかない。その国の音というのは、その国の言葉そのものなんだということを、あのとき身をもって感じました。
 
ソニエ 言語によって喉や舌の使い方が異なり、それが音や演奏にも反映されるんでしょうね。スペインの奏者などは発音がはっきりしているとか、ドイツ人はドイツ語のような深い響きになるとか……。その点、フランス人の演奏はアーティキュレーションがとても繊細だといわれます。
 
杉木 フランス語では、一つのことを説明するのに、いろんな言葉をたくさん連ねますが、フランス人の演奏も同じで、「ド」の音一つ吹くにも、その中にたくさんのニュアンスを込める。ドイツ人の「ド」やアメリカ人の「ド」とは違うんです。イタリア人もいっぱい喋るけれども、イタリア人の音はもっと明るく、オペラのアリアを歌うようにトランペットを吹きますね。面白いのは、北欧の人たちの音。僕は彼らの音に「氷」のように澄んだものを感じることがあります。緯度が高く、太陽の光が変わると、そうした音になっていくのかなと。国によってそれぞれに気温差や湿度の差があり、光も違えば、それが音にも反映される。特にヨーロッパは日本と比べると湿度が低いですから、同じトランペットでも、向こうで聴くと音が違って聞こえます。
 
ソニエ その人が育った文化的な背景や伝統などもそこにプラスされて、その国の音が作られていくんでしょうね。
 
各国のマスタークラスや国際コンクールの審査員などで「この2か月で120か国のトランペット奏者の音を聴いた」というソニエ氏。「おかげで世界の若者たちの音の傾向や全体像を把握できました」
 

アルバンとパリ音楽院

 
杉木 伝統と言えば、フランスには楽器を開発する人と演奏者が一体となって歩んできた歴史があります。トランペットの歴史を遡ると、現代のトランペットは1869年にジャン=バティスト・アルバン(アーバン)がパリ音楽院のコルネットの教授になったことから始まりました。アルバンは、彼の先生のフランソワ・ドーヴェルネがオーケストラでいまだナチュラルトランペットを吹いていた時代に、3本ピストンで何でも吹けるコルネットを手にヨーロッパ中を旅してまわり、そのおかげでピストン式のコルネットやトランペットが普及していったわけです。
 さらに、パリ音楽院の卒業生たちがアメリカに渡り、楽器も少しずつ変化しながら現代のトランペットが完成していった。アメリカのトランペットも、その大元はパリ音楽院の伝統的な音にあるんです。シカゴ響のアドルフ・ハーセスさんだって、その先生はジョルジュ・マジェというボストン響にいたフランス人で、パリ音楽院を卒業した人ですからね。
 じつは僕は、1995年に文化庁の研修員として再度パリに行ったとき、パリ音楽院の図書館に通い詰めて、パリ音楽院トランペット科の歴代の卒業生を全部調べ上げ、一覧表にまとめたんです。アルバンの先生のドーヴェルネがトランペット科の教授になった1840年から1996年までの歴代の教授と生徒、それに卒業コンクールの課題曲なども含めてすべて。
 
ソニエ それはすごいですね! 生徒は一等賞で卒業した人たち全員が?
 
杉木 いえ、卒業できなかった人も含めて全部。これを見ると、ヴァイオリンもやっていたピエール・ティボーさんなどは長い間名前が載り続けていることから、トランペットで一等賞を取るのに苦労されたりしているのが分かります。一方、アンドレさんはたった1年で名誉賞を得て卒業している。こうした資料は他に無いと思いますし、しかるべき人や出版社を通じて世の中に出せればと思っているのですが。
 
ソニエ 歴史の継承はとても大切ですね。次の世代にバトンタッチしていくことは、私たち教える側の義務でもありますから。それにしても、そんな貴重な資料を作られたのが日本の方だと知ったら、フランスではみんなビックリすると思います。
 
杉木 僕がこの資料をまとめようと思ったとき、ロジェ・デルモットさん(元パリ音楽院教授、元パリオペラ座ソリスト)がとても協力してくれました。デルモットさんは、ソニエさんとも縁の深い方ですよね。
 
ソニエ 私が開発に関わった〈アントワンヌ・クルトワ〉“コンフリュアンス”は、デルモットさんが使っていた1960年代のクルトワがモデルになっています。デルモットさんは99歳になる今もとてもお元気で、私のコンサートにもよく足を運んでくれます。
 
杉木氏がパリ音楽院の図書館に通って調べ上げた歴代パリ音楽院トランペット科教授と全生徒の名簿。コンクール課題曲も網羅され、楽譜も入手したという。フランス人も成し得なかった非常に貴重な資料だ。
 

パリ音楽院の二つのクラス

 
杉木 デルモットさんはウジェーヌ・フォヴォーの系列に連なるフランス学派の名手ですね。フォヴォーがパリ音楽院で教えていたとき、もう一つのクラスではレイモン・サバリッチが教えていて、モーリス・アンドレはサバリッチの生徒です。サバリッチはセルマーの開発者でもあったことから、アンドレのクラスでもセルマーを使う生徒が多かった。
 一方、アンドレ時代のもう一人のトランペット科教授、ルドヴィク・ヴァイヤン(Ludovic Vaillant)は〈アントワンヌ・クルトワ〉を使い、彼のクラスではクルトワを使う生徒が多かった。伝統の音を継承すると言っても、やはり、自分が学んだ先生が使っていた楽器の影響は大きいですね。
 
ソニエ 先生が吹く音を聴いて育つわけですから、それが普通だと思います。
 
杉木 もっとも、アンドレさんはレッスンにほとんど楽器を持って来なかった(笑)。アンドレさんがあるときレッスンで「誰かBb管を持っていないか?」と聞いたんです。Bb管で録音する仕事が入ったけれども、楽器がないと。たまたま生徒がゲッツェンのBb管を持っていたので、それを借り、そのままレコーディングしちゃったこともありました(笑)。アンドレさんはセルマーでしたが、当時の僕の記憶では、〈アントワンヌ・クルトワ〉はオーケストラ奏者によく使われていた印象があります。
 
ソニエ デルモットはじめ、私がパリ音楽院で習ったクレマン・ガレックなどの有名なオーケストラ奏者たちが〈アントワンヌ・クルトワ〉を使っていたので、オーケストラではクルトワという印象が強かったかも知れません。アンドレの場合、ピッコロトランペットをセルマーで開発したことから、ソリストはセルマーという印象があるかも知れませんが、セルマー自体その後トランペットを作らなくなったこともあり、そうした時代はすぐに終わりました。
 
杉木 〈アントワンヌ・クルトワ〉も20年ほど前にトランペットの製造を中止しながら、ソニエさんらの努力(“コンフリュアンス”の開発)で新しい復活を遂げた。もう4~5年もすれば、ソニエさんの素晴らしい音に影響されて、フランスではみんなクルトワになっていくような気がします。改めて、“コンフリュアンス”開発のきっかけは何だったのですか?
 
杉木峯夫氏は東京藝術大学卒業後にフランス政府給費留学生としてパリ国立音楽院に入学。モーリス・アンドレに師事し、1972年に一等賞を得て卒業。同年国立リヨン管弦楽団に入団。帰国後は札幌交響楽団奏者、東京藝術大学教授職を経て、現在は日本トランペット協会会長を務めるほか、数々の学校や団体での指導、演奏活動を行っている。
 

「音色と音量を混同するな」

 
ソニエ 2006年にアンドレと話したのがきっかけでした。そこで彼に言われたのは、「音色と音量を混同してはいけない」ということです。彼曰く、「音と技術がきちんとしていれば、ブリリアントな音の方が大きく遠くまで聞こえる。逆に大きなボアの楽器だと、息ばかりが取られ、出てくる音はそれほど大きくは聞こえない」と。
 つまり、楽器と自分の技術でブリリアントな音が作れれば、音は楽に通るんですね。昨日のコンサートでも、私はこのことを皆さんに実証してみせたつもりです。ヘンデルやバッハから現代までトランペットのために書かれた様々な作品をみると、作曲家はトランペットの明るくブリリアントな音を生かした音域で書きたがる傾向にあるのが分かります。“コンフリュアンス”が目指した方向は、その意味でも正しいと思いますね。
 
杉木 たしかに、アンドレさんの音を実際に横で聴くと、決して大きくはないんですよ。輝くような音だけれども、大きな音ではない。アンドレさんはよく、金管楽器をオルガンのパイプに喩えました。トランペットは管の長さが1メートル20~30センチくらいしかなく、テューバやトロンボーンなどよりボアも細いんだから、それに見合った息と音で吹けと。“コンフリュアンス”は改めてそうした吹き方を再認識させてくれる楽器ですね。
 
ソニエ まさに、おっしゃる通りです。それに加えて、単なる伝統の復活ではなく、最新技術を投入してアップグレードされたモデルでもあるんです。
 
杉木 今回すべてのモデルを試奏させていただきましたが、“コンフリュアンス”のレスポンスの良さには驚きました。フランス人特有の「テュ(Tu)」のシラブルを使ったデタッシェなど、本当にやりやすい。ちなみに「テュ」はフランス語の二人称ですから、フランス人は子供の頃からその発音が身に染みています。
 いずれにしろ、太く拡がってしまったような現代の音から、もう一度フランスの伝統的な輝かしい音を取り戻そうという意欲をこの楽器に感じました。
 
ソニエ “コンフリュアンス”でMボアを復活させたのも、フランスのボアの伝統を復活させることで、何としてもフランスのブリリアントなサウンドを今の時代に取り戻したかったからです。
 
〈アントワンヌ・クルトワ〉のトランペット“コンフリュアンス”。「楽器との相性はトータルバランスの問題なので、マウスピースも重要。その楽器がもっと鳴るマウスピースが必ずある、ということを念頭に楽器を試奏するとよいと思います」と杉木氏。
 

作曲家も加えて歴史が動く

 
杉木 先ほど楽器を開発する人間と演奏家が二人三脚で歴史を作ってきた話をしましたが、じつはここでもう一人大事なのが、作曲家の存在ですね。
 その昔、ウィーンにアントン・ヴァイディンガーという有名なトランペット奏者がいて、彼の発案で開発されたキートランペットという楽器のために、ヨーゼフ・ハイドンがあの名曲(トランペット・コンチェルト)を書きました。近代フランスでも、アルバンの後を継いだメリ・フランカンという名手がC管トランペットを積極的に使い出したことで、エネスコの《レジェンド(伝説)》を始めとするトランペットのソロレパートリーが大きく発展したわけです。演奏家と楽器製作者、それに作曲家の3本柱がうまくコラボすることで歴史は動いていくんですね。
 
ソニエ それは今も同じです。私の演奏を聴いて「トランペットの曲を書きたい」と言ってくれる作曲家はフランスに限らずたくさんいて、現在いろんなプロジェクトが進行中です。演奏家にとってこれほど嬉しいことはありません。どんな新作も、それまでに書かれたレパートリーの上にあり、過去と現在のレパートリーの知識を得ることはとても勉強にもなります。その意味でも、私が所属するアンサンブル・アンテルコンタンポランが果たしてきた役割はとても大きいと思います。
 
杉木 本当にそうですね。パリ音楽院でも最近まで卒業コンクールの課題曲を毎年、作曲家たちに委嘱し続け、トランペットの重要なレパートリーをたくさん生み続けてきました。フランスには、こうした発信力の強さをいつも感じます。
 思うに、音楽の「発信力」には、耳に訴える力と合わせて、目に訴える力も大事なんです。音楽に限らず、何か一つのことを成功させるためには、視覚情報と聴覚情報を一致させて訴えることです。昨日のソニエさんのコンサートなど、その好例でした。ソニエさんの素晴らしい音と、ステージでの生き生きとした立ち居振る舞いが合わさって私たちは大きな感銘を受けましたから。
 だから、ソニエさんは、もっともっと世界中を旅して、その音と姿を多くの人に届けるべきです。そうすれば、ソニエさんの音に対する理念や楽器がもっともっと注目され、正しいものとされるようになるんです。
 
ソニエ 実際、本番はかなり立て込んでいて、今月はもう週に4度もコンサートをこなしましたよ(笑)。
 
杉木 さらに頑張って(笑)、これからもぜひ日本に何度も足を運んでください。ソニエさんは間違いなくフランスのトランペット界を変えていく方だと思っていますから。
 
対談当日の4月10日、ビュッフェ・クランポン・ジャパンで〈アントワンヌ・クルトワ〉“コンフリュアンス”の製品発表会が行われた後、ソニエ氏はプラネルのコンチェルトで圧倒的な演奏を披露し、ソリストとしての幅の広さを見せつけた。
 
 
杉木峯夫氏 プロフィール
東京藝術大学名誉教授。1945年富山市生まれ。東京藝術大学卒業後の1970年にフランス政府給費留学生としてパリ国立音楽院に入学。モーリス・アンドレに師事し、1972年に一等賞を得て卒業。同年国立リヨン管弦楽団に入団。1975年に札幌交響楽団入団。1986年に東京藝術大学助教授、2002年から2012年まで同大教授。現在、同大名誉教授。1995年文部科学省在外研修員としてパリへ。水戸室内管弦楽団、サイトウ・キネン・オーケストラ、紀尾井シンフォニエッタなど内外の多くのオーケストラで活躍。国際コンクールの審査員も度々務める。現在、愛知県立芸術大学非常勤講師、紋別音楽セミナーディレクター講師、紀尾井シンフォニエッタ東京桂冠演奏家、札幌PMF評議員、1987年とやま賞、2021年文化庁長官表彰日本演奏連盟専務理事、日本トランペット協会会長、指導する学校や関連する団体多数。
 
クレマン・ソニエ氏 プロフィール
アンサンブル・アンテルコンタンポラン首席トランペット奏者、リヨン国立高等音楽院教授。
パリ国立高等音楽院卒業後、チッタ・ディ・ポルチア、プラハの春、済州島、テオ=シャリエ・ブリュッセル、チャイコフスキー、モーリス・アンドレ・パリなどの主要国際コンクールで受賞多数。
2013年にアンサンブル・アンテルコンタンポランの首席奏者に任命され、ペーター・エトヴェシュ、マティアス・ピンチャー、ピエール・ブーレーズ、サイモン・ラトル、パブロ・エラス=カサド、フランソワ=グザヴィエ・ロトなど、現代の偉大な作曲家や指揮者と共演。
これまでにソリストとしてベルリン放送交響楽団、ブルターニュ国立管弦楽団、ローザンヌ室内管弦楽団、フランス国立ロワール管弦楽団などと共演し、多数のリサイタルやマスタークラスを世界各地で行う。
特に室内楽に関心が高く、トロンバマニア・アンサンブルとパリ金管五重奏団の創立メンバーであり、パスカル・マルソーとトランペットとオルガンのデュオを組んでいる。トランペットとピアノのための250のオリジナル作品を収録した教育用DVD「Musik’It」(Cristal Records)、フェデーレ、ヘンツェ、武満などの現代作曲家たちによるトランペットソロ曲を収めた『Direction』など、これまでに多数のアルバムをリリース
パリ地方音楽院などで7年間講師を務めた後、2021年よりリヨン国立高等音楽院教授にて後進の指導にもあたる。
また、2015年からはアメリカChosen Vale “Center for advanced Music “でも指導しており、毎年夏には、1998年に創設したスジェールのブラスアカデミーを主宰しており、2013年よりフランスで開催されているフェスティバル「Le Son des Cuivres(ブラスの響き)」、2016年より「スジェール・ブラス・フェスティバル」の芸術監督を務める。
 
(写真左より)本記事の取材・構成を担当された佐藤拓氏、杉木峯夫氏、クレマン・ソニエ氏、通訳の岡本和子氏
 
 
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※ クレマン・ソニエ氏が使用している〈アントワンヌ・クルトワ〉”トランペットコンフリュアンス”の製品情報はこちらからご覧ください。
※ クレマン・ソニエ氏の現在の活動や楽器開発についてインタビューした記事をこちらからご覧いただけます。
※ ソニエ氏が”コンフリュアンス”について語る動画をビュッフェ・クランポン・ジャパンのYouTubeページ“でご覧いただけます。

 

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