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もっと輝かしく美しい音色を持った「小さな」トランペットを!

アンサンブル・アンテルコンタンポランの首席トランペット奏者を務め、リヨン国立高等音楽院にて後進の指導にもあたっているクレマン・ソニエ氏。2024年春祭の来日公演で演奏する作品や、現在の活動、また愛奏する〈アントワンヌ・クルトワ〉のトランペット“コンフリュアンス”について、お話を伺いました。(インタビューと構成:佐藤拓、通訳:久野理恵子)

フランスのトランペットの偉大なレガシーを受け継ぐ現代音楽の騎手

  ソニエさんは、この4月に現代音楽で世界をリードするアンサンブル・アンテルコンタンポランの一員として来日し、『東京・春・音楽祭2024』でソロを演奏されます(4月9日・東京文化会館小ホール)。曲はベッツィ・ジョラスの《エピソード第3番》。昨年、日本でも発売されて話題を呼んでいる〈アントワンヌ・クルトワ〉の新トランペット“コンフリュアンス(Confluence)”をお吹きになることでも注目されますが、楽器の話をお聞きする前に、メシアンの後にパリ音楽院で作曲を教えたジョラスのこの作品がどのような作品なのかをご紹介ください。

ソニエ(以下敬称略) 1981年にパリ音楽院の試験曲として書かれたもので、ジャズトランペット奏者であるジョラスの息子に捧げられました。ジャズとコンテンポラリーを融合させたような作品。80年代のトランペットの様々な技巧や音響効果を楽しんでいただけると思います。
彼女(ジョラス)は今年98歳になりますが、驚くほどお元気です。今回、日本に来る前に直接お会いし、作品についていろんなお話が聞けるなど、作曲家の意図により忠実な演奏ができるチャンスを与えられてとても光栄でした。

2024年開催の春祭に出演するアンサンブル・アンテルコンタンポラン。ソニエ氏は4月9日の「アンサンブル・アンテルコンタンポラン II French Touch」でソロを演奏する。

  ピエール・ブーレーズが創設したアンサンブル・アンテルコンタンポランは、実験的な作品も数多くこなす精鋭集団。お仕事はお忙しいですか?

ソニエ コンサートは多い時で年に30回ほど。その3分の1はソロ、3分の1は室内楽、残り3分の1はアンサンブル。ハードな演奏が要求される新作の準備に常に追われる仕事で、オーケストラの席に座って演奏するだけでなく、個人の時間も譜読みなどに多く取られてしまいます。

  お仕事のほとんどが初演?

ソニエ コンサートでは必ず初演が1~2曲含まれます。ほかに世界中の著名な作曲家たちが書いてくれたソロやコンチェルト作品も数多くあり、そうしたものを再演して世の中に紹介し続けたり。

  作曲家と協同して作品を作ることも多いわけですね。

ソニエ もちろんです。トランペットの様々な拡張奏法(特殊奏法)を作曲家に吹いて示したり、耳新しいサウンドや音響効果を作曲家と一緒に考えたり……。作曲家の方から「こんなこと出来る?」と聞かれることはしょっちゅうです。ミュートなど、その好例。現代作品では本当にたくさんのミュートを使い分けます。

  特殊奏法はもう出尽くしたのかと思っていました。

ソニエ とんでもない! まだまだ途上です。美術だって同じでしょう? アーティストたちは新しい技法や表現領域をどんどん開拓していますよね。最近、フランスの作曲家ヤン・ロバンが書いてくれた2本のトランペットとアンサンブルのための作品を初演しましたが、2本目のトランペットは常に1本目のトランペットの「影」に回り、そこではドローンを模した音が使われています。彼はいつも、私が想像していなかったような音のイメージをぶつけてきます。この曲は3連作の2作目にあたり、昨年演奏した1作目はトランペットとエレクトロニクスのためのもの、3作目となる来年はソロとオーケストラのための作品になる予定です。

トランペット5人が幅広いジャンルの音楽を奏でる「トロンバマニア(TROMBAMANIA)」でも活動する。
「5人はパリ音楽院で同じクラスだった仲間たち。バストランペットからピッコロトランペットまでを駆使し、全員暗譜で、変化に富んだプログラムを提供します」

  現代音楽にはいつ頃から取り組むようになったのですか。

ソニエ パリ音楽院で学んだ室内楽の先生が、アンサンブル・アンテルコンタンポランの一員でもあるイェンス・マクマナマ。彼は我々に情熱をもって現代音楽を教え、重要な作曲家や作品をたくさん紹介してくれただけでなく、実際にそうした作品を数多く演奏させてくれました。おかげで、気がついたら現代音楽を自由に演奏出来るようになっていた、という感じです。
でも元をたどれば、6歳でコルネットを習った最初の先生が新しい音楽に造詣の深い方で、当時から短いソロピースなどで現代もののソルフェージュをたくさんこなしていました。こうした世界に早くから触れて来たことが大きかったですね。

  その後はどのような先生に師事されましたか。

ソニエ 14歳から17歳まではピエール・ティボーにも習い、17歳で入ったパリ音楽院ではトランペットをクレマン・ガレックに師事しました。

  ガレックからはどんな影響を?

ソニエ 彼もティボーの生徒です。ティボーはフランスの偉大なトランペットの歴史にダイレクトにつながる人で、モーリス・アンドレ、ロジェ・デルモット、レイモン・サバリッチ、ウジェーヌ・フォヴォーなど歴史にその名を刻んだ人たちの系譜に列なります。ガレックはそうしたフランスのトランペットのレガシー(遺産)に敬意を持つことの大切さを私に教えてくれました。すなわち、フランス特有のアーティキュレーションやサウンドを次の世代につなげること、スコアに正直に向き合い、作曲家や作品の意図を尊重することの大切さなどですね。

クレマン・ソニエ氏(アントワンヌ・クルトワのYouTube動画「Confluence – Clément Saunier」より)

アンドレの一言がずっと胸に……

  そうしたレガシーを継承する使命感で、ソニエさんは〈アントワンヌ・クルトワ〉の新トランペットの開発に携わり“コンフリュアンス”が生まれた?

ソニエ おっしゃる通りです。輝かしく、透明感のあるフランスのトランペットのサウンドを何としても今の時代に取り戻したかったんです。
そもそも6歳で初めて手にしたコルネットが〈アントワンヌ・クルトワ〉でした。私は〈アントワンヌ・クルトワ〉で育ったと言ってよい。フランスでは19世紀のアーバンから始まり、20世紀のフォヴォーやデルモットに至るまで、クルトワ・トランペットの誇るべき長い歴史があります。しかしこの20年間、〈アントワンヌ・クルトワ〉はトランペットを作って来なかった。“コンフリュアンス”がクルトワのレガシーを復活させたのです。
私たちはロジェ・デルモット(1925~:ジョリヴェのトランペット協奏曲第2番を初演するなど活躍した)のために作られた〈アントワンヌ・クルトワ〉のモデルを、あらゆる方向から検討し直しました。余談ですが、その楽器は偶然、今度、日本で演奏するベッツィ・ジョラスの作品と同時期に作られたもの。そしてデルモットも、今年99歳になりますが、お元気なんです。私にとってはトランペットのゴッドファーザーみたいな存在(笑)。今回の日本ツアーはデルモットとジョラスの二人の影を背負ったものになります。

  かつて〈アントワンヌ・クルトワ〉のトランペットが世界的な人気を博した一方で、現代のトランペットの標準的なモデルになったのは同じフランスの〈ベッソン〉(後にイギリスに移転)でした。

ソニエ ええ、〈ベッソン〉は特に米国で広まり、良質のコピーが作られるようになって現代トランペットの標準モデルにまでなります。その嚆矢となった人物はフランス人のジョルジュ・マジェです。マジェはフリューゲルホルンのソリストとしてギャルドとアメリカ公演を行い、それがきっかけでボストン響と契約を結び、〈ベッソン〉を手にアメリカに渡りました(1919)。さらにボストン響でマジェの後を継いだのが、ロジェ・ヴォワザン。「米国トランペット界の父」と呼ばれるようになった彼も、やはりフランス人で〈ベッソン〉を吹いていました。アメリカで〈ベッソン〉が広まったのは、この二人の影響が大きい。
現代のトランペット・メーカーは、ほとんどすべて〈ベッソン〉のオールドスタイルからインスピレーションを得ています。事情はフランスでも同じでした。トランペットのボアやベルはどんどん大きくなり、フランス特有のアイデンティティが失われていったんです。車でも何でもビッグ志向のアメリカでは、コンサートホールも大きく、トランペットだけでなくトロンボーンやテューバも巨大化していった。しかしフランスのホールは違います。伝統的な劇場が多くあり、どれも大きくはない。そもそもビッグ志向は我々フランス人の肌や好みには合わないのです。私自身、年を追うごとにそうしたことを痛感するようになりました。

クレマン・ソニエ氏(アントワンヌ・クルトワのYouTube動画「Confluence – Clément Saunier」より)

  きっかけが何かあったのですか?

ソニエ 私が優勝した2006年のモーリス・アンドレ国際コンクールです。審査委員長のアンドレに「私の音は充分大きな音で響いていましたか?」と尋ねてみたら、彼は「誤解しちゃいけない」と言って、こんな話をしてくれました。
「大事なのは音量ではなく、音色だ。芯のある音で表情豊かに吹けば、音量も大きく聞こえるんだよ」
以来、この言葉はいつも私の胸にあり、〈アントワンヌ・クルトワ〉から新しいトランペット開発の誘いをいただいた時、真っ先に「もっと輝かしく美しい音色を持った小さなトランペットを作ってみませんか?」と提案しました。

“コンフリュアンス”開発物語

  現在の標準的なC管はLボアが主流ですが、 “コンフリュアンス”ではMボアが採用されました(MLボアのモデルも用意されている=後述)

ソニエ アンドレのようなブリリアントなサウンドを取り戻そう、というのが大きな狙いです。試作中にアンサンブルで世界中をツアーしましたが、ドイツのホールやニューヨークのカーネギーホールなどで演奏してみて、ホールを満たすようなパワーは必ずしもラージボアやラージベルから出るものではない、という確証を得ました。しかも、Mボアだと息がより少なくて済み、それだけ消耗も少なく、楽器と楽にコンタクトできて、レスポンスも速いのです。

“コンフリュアンス”

  ボアが細ければ、それだけ抵抗が強くなりますよね。

ソニエ ええ、そのバランスを取り、ほど良い抵抗を得るために、C管のMボアのモデルではリバース式のパイプを採用しました。また管も、通常とは逆に内側をニッケルに、外側を真鍮にしました。これによってエアが速く流れ、吹奏感が良くなると同時に、音色とレスポンスのバランスがとれます。

  ベルの形状も違いますね。

ソニエ かつてのフランスで伝統的だった徐々に拡がっていくような形状。この形状もボアとのバランスで決まります。

  U字型のベルの支柱が一際目を引きますが、昔のクルトワのデザインを復活させたものだとか?

ソニエ 1930年代の〈アントワンヌ・クルトワ〉の支柱がこの形で、試してみたら素晴らしい結果が得られたんです。ここはとても重要なパーツで、エレガントな形をしたオリジナルのこの支柱は、現在一般的に見られるZ型支柱よりも明らかに高い自由度が得られました。我々はこの形をただ真似ただけでなく、3Dマシーンなどの新しいテクノロジーを使って、当時よりもはるかに精確に制作しています。

“コンフリュアンス”の支柱

  設計や試作はアドリアン・ジャミネという今フランスで評判のフリーのトランペット技術者が行ったそうですね。どんな方ですか?

ソニエ まだ若い技術者です。もとはトランペット奏者でしたが、トランペットを作る夢を抱き、自宅を工房にしてリードパイプやマウスピース作りからスタートして、その後トランペットもその手で作るようになった。勉強熱心で、世界のトランペットの情勢にも通じ、人一倍の情熱をもって極めて質の高い仕事をしています。私が何かを投げかけると、彼はすぐに反応し、実験してくれる。“コンフリュアンス”の開発は試行錯誤の連続でしたが、しかし私の中には常に新しい楽器の音のイメージがしっかりとありました。

アドリアン・ジャミネ氏(アントワンヌ・クルトワのYouTube動画より)

  Mボアだけでなく、MLボアのモデル(C管、Bb管)も用意されていますね。

ソニエ Lボアが一般的なC管で、Mボアだときつ過ぎると感じる人もいます。またオーケストラ奏者などはたくさんの息を使う。そうした人たちにはMLボアのモデルの方が好まれるかも知れません。
一般的に小さなトランペットでは、息の量よりもスピードを速くして演奏し、ラージボアのトランペットでは、息のボリュームをより多く使います。私自身は録音などでMLボアのモデルを使うことがあるものの、90%以上はMボアのモデルを使います。昨日行ったソロコンサート(ベルギー)では「素晴らしい音ですね!」と多くの方に言っていただきました。

  フランスでの“コンフリュアンス”の評判は?

ソニエ オーダーがどんどん入っている状況です。みんなが「あのクルトワがカムバックした!」と喜んでくれました。ツアー先で会う人たちもみな興味津々で、フランス以外の知り合いの奏者たちも実際に購入してくれています。

  “コンフリュアンス”のロゴマークが素敵ですね。AC(アントワーヌ・クルトワ)のイニシャルの中に小さなエッフェル塔が隠れている。

ソニエ 私が教えているリヨンの町にも小さな「エッフェル塔(フルヴィエールの金属塔)」が建っているのですよ。さらに、学校(リヨン国立高等音楽院)の目と鼻の先に「コンフリュアンス」という広場も。そこはローヌ川とソーヌ川が合流する場所で、正に「二つの流れ」……クルトワの古い伝統と、新時代の楽器との「融合(コンフリュアンス)」の意味が、この名前には込められています。

“コンフリュアンス”のロゴ

  パリ・オリンピックが開催される今年、日本でも話題に事欠かないモデルになりそうです。4月にまたお会い出来るのを楽しみにしています!

コンサート情報
公演名: アンサンブル・アンテルコンタンポラン II French Touch
日時: 2024年4月9日(火)19:00開演(18:30開場)
会場: 東京文化会館小ホール
出演: アンサンブル・アンテルコンタンポラン
指揮: ジョージ・ジャクソン
トランペット: クレマン・ソニエ
曲目:
1. B.ジョラス:エピソード第3番 トランペット・ソロのための
2. P.デュサパン:Fist 8つの楽器のための(日本初演)
3. T.ミュライユ:アーノルド・ベックリンの「死の島」より 臨死体験(日本初演)
4. Y.マレシュ:アントルラ 6つの楽器のための
5. Y.ロバン:Übergang アンサンブルのための(日本初演)

クレマン・ソニエ氏 プロフィール
クレマン・ソニエは、フランス国内外で最も活躍するクラシック・トランペット奏者の一人。
パリ国立高等音楽院で学んだ後、チッタ・ディ・ポルチア(2002年)、プラハの春(2003年)、済州島(2004年)、テオ=シャリエ・ブリュッセル(2005年)、チャイコフスキー(ロシア 2011年)、モーリス・アンドレ・パリ(2003~2006年)などの主要国際コンクールで受賞多数。
2013年にはアンサンブル・アンテルコンタンポランの首席奏者に任命され、ペーター・エトヴェシュ、マティアス・ピンチャー、ピエール・ブーレーズ、サイモン・ラトル、パブロ・エラス=カサド、フランソワ=グザヴィエ・ロトなど、現代の偉大な作曲家や指揮者と共演。
これまでにソリストとしてベルリン放送交響楽団、ブルターニュ国立管弦楽団、ローザンヌ室内管弦楽団、フランス国立ロワール管弦楽団などと共演し、多数のリサイタルやマスタークラスを世界各地で行っている。
特に室内楽に関心が高く、トロンバマニア・アンサンブルとパリ金管五重奏団の創立メンバーであり、パスカル・マルソーとトランペットとオルガンのデュオを組んでいる。トランペットとピアノのための250のオリジナル作品を収録した教育用DVD「Musik’It」(Cristal Records)、フェデーレ、ヘンツェ、武満などの現代作曲家たちによるトランペットソロ曲を収めた『Direction』など、これまでに多数のアルバムをリリースしている。
パリ地方音楽院などで7年間講師を務めた後、2021年よりリヨン国立高等音楽院にて後進の指導にもあたっている。
また、2015年からはアメリカChosen Vale “Center for advanced Music “でも指導しており、毎年夏には、1998年に創設したスジェールのブラスアカデミーを主宰しており、2013年よりフランスで開催されているフェスティバル「Le Son des Cuivres(ブラスの響き)」、2016年より「スジェール・ブラス・フェスティバル」の芸術監督を務めている。

※ ソニエ氏が使用している楽器の紹介ページは以下をご覧ください。
〈アントワンヌ・クルトワ〉トランペット”コンフリュアンス
※ ソニエ氏が“コンフリュアンス”について語る動画をビュッフェ・クランポン・ジャパンのYouTubeページ“でご覧いただけます。

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