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ヨルゲン・ファン・ライエン氏 Interview

「黄金の金管」と称される、名門ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団の首席奏者ヨルゲン・ファン・ライエン氏(以下敬称略)。その経歴や現在の活動、また愛奏する〈アントワンヌ・クルトワ〉のトロンボーンについて、お話を伺いました。(取材:今泉晃一、通訳:久野理恵子)
 

音をイメージすることで、自然にその音楽にフィットする吹き方になる

 
  今回はロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団での来日ですが、コロナ禍が明けてようやく、ですね。
 
ライエン はい。それまで2年ごとに来日していたのですが、2021年がコロナ禍でキャンセルになり、約4年ぶりということになります。以前は金管アンサンブルやソロで来日することもあり、多いときは年に3回くらい来ていましたからね。
 
  アンサンブルと言えば、ニュー・トロンボーン・コレクティヴというトロンボーン九重奏をされていますが、日本で演奏会をされたことは?
 
ライエン これも2021年に予定されていて、一度2022年に延期したのですが、結局実現できませんでした。私たちは9人のメンバーそれぞれが異なるオーケストラに在籍しているので、日程を合わせることが非常に難しいのです。私はぜひやりたいと思っていますが、いつになるかはまだわかりません。
 
  ニュー・トロンボーン・コレクティヴでは、クラシックからジャズ、ポップスまで幅広いレパートリーを演奏しているのが印象的です。
 
ライエン 私自身は主にクラシックを勉強してきましたが、トロンボーンはジャズ、ポップ、ファンクなどあらゆる音楽に対応できる楽器です。だから私たちは、トロンボーンはさまざまな側面をもつ素晴らしい楽器だということを皆さんに示したいと思うのです。
 
 アンサンブルのメンバーはみな学校で一緒に学んだ仲間であり、よい友人です。学生の頃に楽しみのためにやっていたアンサンブルの雰囲気が今も続いていますし、それをお客様にも伝えたいと思っています。
 
  かなり本格的なジャズも演奏しているように思えるのですが、ジャズ専門の人もメンバーにいるのですか。
 
ライエン いえ、全員がクラシックの演奏家です。自分たちのことをジャズ・プレイヤーだとは思っていませんし、インプロヴィゼーション(アドリブ)もしません。でも私たちはみんなジャズが大好きですし、譜面に書いてあればどんなものでも吹けますので、ジャズの語法を使った作品はたくさん演奏しています。
 
  そういう場合、演奏スタイルを意識的に変えたりするものですか。
 
ライエン すべては音のイメージから来るものです。同じクラシックであっても、モーツァルトとマーラー、ストラヴィンスキーでは違う吹き方が要求されますよね。音楽ジャンルによってテクニック的に多少の違いはありますが、それよりも自分が耳で聴いて知っている音をイメージすることで、自然にその音楽にフィットする吹き方になるのです。
 とにかく音楽に関しては「聴く」ということが大事で、聴くことによってはじめてその音楽のコンセプトが見えてくる。それはバロックであろうが、フランク・シナトラであろうが同じことです。
 
  確か、歌手であるフランク・シナトラが、ジャズ・トロンボニストであるトミー・ドーシーのように歌いたいと言ったという……。
 
ライエン その通りです。それで名前を出しました。最終的に、音楽に境界線は存在しないと思います。音楽は音楽なのです。
 
ヨルゲン・ファン・ライエン氏
 

本来、トロンボーンはとてもリリカルに歌うことのできる楽器

 
  一方ソロでは、クラシックに関してバロックから現代まで幅広く取り上げていますね。
 
ライエン トロンボーンの「黄金期」はバロックの時代です。なぜなら、金管の中でトロンボーンだけが唯一半音階を自由に吹けたからです。だからバロック期には美しいトロンボーンのソロ曲がたくさん書かれました。オーケストラに入るようになると、チャイコフスキー、ブルックナー、マーラーなどトロンボーンのための素晴らしいフレーズがたくさん書かれましたが、ソロの曲はあまり作られなくなりました。
 
 20世紀になってトロンボーンが再びソロ楽器として注目されるようになったのは、ジャズがきっかけです。その後、現代のクラシック作曲家がコンチェルトやソロ曲をたくさん書くようになりました。そういう意味で、私にとってはどちらも大事なのです。
 
  その間の時代のものは、アレンジという形で演奏されているわけですね。
 
ライエン トロンボーンという楽器は存在していたにもかかわらず、シューマンやブラームスなどソロを書いてくれませんでしたからね。それが私には不満なのです(笑)。サクソフォーンは、その時代に楽器自体が存在していませんでしたから仕方がないと思うのですが。
 
 本来、トロンボーンはとてもリリカルに歌うことのできる楽器なのです。オーケストラでは「大きな音を出す楽器」というイメージが強いですが、決してそれだけではありません。そういうトロンボーンの持つリリカルな側面を出すには、テノールのための声楽曲が合っているように思います。
 
  なぜトロンボーンは、声楽曲をリリカルに演奏できるのでしょうか。
 
ライエン スライドによって、わずかなグリッサンド(ポルタメント)を含んだ美しいレガートを演奏できるからです。これにはスライディングのテクニックも必要です。例えばスライディングが遅いと、次の音に移る前に隙間を空ける必要があり、音が切れてしまいます。でも声で旋律を歌うときには音と音の間に隙間はありませんよね。同じイメージで、息を出し続けたままスライディングをするのです。
 
 大事なのは、「fast(素早く)」「relaxed(脱力して)」「late(ぎりぎりまで待つ)」ということ。「late」というのはスライドを動かすタイミングのことで、次の音の直前ぎりぎりまで前の音をキープして、リズム通りに出られるよう素早く次の音に移ります。それには脱力が不可欠なのです。これらができると、息を流したまま音が切れることなくスムーズにつながるので、歌うように吹けるわけです。
 
  レガートで吹く際に、音の間がグリッサンドになってしまうことを恐れる人も多いと思います。
 
ライエン それはスライディングが遅いからです。先ほどの「fast」「relaxed」「late」の3つができていれば、グリッサンドにはなりません。鏡を見ながらでも練習することができますよ。
 
ヨルゲン・ファン・ライエン氏
 

100もの選択肢の中から、演奏家のイメージというフィルターを通して1つを選ぶ

 
  そもそもライエンさんがトロンボーンを始めたきっかけは何だったのでしょうか。
 
ライエン 4歳のときのことなのでよく覚えていませんが、2つの理由が考えられます。まず父がアマチュアのクラリネット奏者で、吹奏楽団に入っていたのですが、仲のよい友人にトロンボーン吹きがいて、私に楽器を見せてくれました。子どもの自分はスライドに興味を持ったのだと思います。
 もう1つは、当時11歳になるいとこがトロンボーンを習っていて、とても上手だったのですが、若くして亡くなってしまったのです。彼の家に行くと、トロンボーンを持った写真があったことを覚えています。それが無意識のうちにトロンボーンへの興味を持たせたのかもしれません。
 
  どのように勉強していったのですか。
 
ライエン 最初は、父の友人が先生でした。しかし8歳で地元の音楽学校に入り、そこでロッテルダム・フィルハーモニー管弦楽団の首席であったバス・ディッケルという素晴らしい先生に出会うことができました。そして14歳でロッテルダム音楽院に進み、ジョージ・ヴィーゲルというこれまた素晴らしい先生に出会いました。彼はディッケルの後を継いでロッテルダム・フィルの首席を務め、今はCEOになっている人です。最初にお話ししたニュー・トロンボーン・コレクティヴのメンバーは、彼の元で一緒に学んでいた人たちです。
 
 ヴィーゲル先生は生徒を囲い込むようなことを決してせず、他の先生を招いてマスタークラスを開いてくれたり、「どんどん他の先生に習いに行きなさい」と送り出してくれました。先生が招いてくれた方の中には、ミシェル・ベッケやブラニミール・スローカーなどもいました。
 
  ベッケにはその後リヨン音楽院でも師事することになるわけですが、様々な先生に習った経験が役に立っていますか。
 
ライエン もちろんです。音楽にはたったひとつの正解はなく、「その先生が考える正しいこと」を教えてくれる場合が多いのです。私の習った先生方の教えは全く違うものではなかったので、混乱することはありませんでしたが、音楽的にはまったく違うわけで、多くの意見を聞いた中から「自分はこうする」というやり方を探すことが重要なのです。
 
  言葉で言うのは難しいかもしれませんが、ライエンさんが目指しているのはどんな演奏でしょうか。
 
ライエン 音楽家というものは、作曲家と聴衆の間にある「翻訳者」です。作曲者の作った音楽を、クラシックの演奏家は「再現」するわけです。作曲家は自分のイメージを譜面にしますが、譜面は作曲家の思ったことをすべて表しているわけではありません。ですから1つの音符の吹き方には100もの選択肢があり、その中から演奏家のイメージというフィルターを通して1つを選ぶのです。
 
 だから演奏家ごとに異なる演奏が生まれてくるわけです。どんなフレージングなのか、どの音が大事なのか、どの長さなのか、どんな音色なのか。持っている知識を総動員して、作曲家が欲しいのはどういう音なのかを探っていきます。そして最終的には作曲家の感情までも人々に伝えることが目標ですが、そこに至るには長い長い道のりがあるのです。
 
  それでは、トロンボーン奏者としての望みは何でしょう。
 
ライエン ひとつには、トロンボーンの魅力をもっと多くの人に知ってもらうことでしょうか。今日コンセルトヘボウ管のコンサートを聴きに来る人は、ピアノの持つ可能性、ヴァイオリンの可能性は知っているかもしれません。でもトロンボーンに関して、非常にリリカルな表現や柔らかな音が出せること、ヴィルトゥオーゾ的演奏ができるということを多分知らないでしょう。そういうトロンボーンという楽器の持つ可能性をもっと知ってほしいと思います。
 
ヨルゲン・ファン・ライエン氏
 

アントワンヌ・クルトワは「歌うように吹く」ことのできる楽器

 
  ただ、ライエンさんのソロを聴くと、トロンボーンという楽器には縛られていないような印象を受けました。
 
ライエン ありがとうございます。それもまさに私のやりたいことですから。音楽がゴールであって、楽器はそこに至るための道具なのです。金管楽器は特に、音を正しく並べるだけでも難しいものです。例えば《ボレロ》のソロなど、音を外さないようにするだけで精一杯になってしまうかもしれません。でもそれは決してゴールではなく、美しい音楽を作ることこそがゴールなのです。
 
 その一番の例が、私の先生でもあるミシェル・ベッケです。彼はトロンボーンを吹いているのではなく、「音楽を奏でている」のです。今私がアントワンヌ・クルトワの楽器を使っているのも、彼のように音楽を奏でたいと思ったからです。
 
  そのときからアントワンヌ・クルトワを使い始めたということなのですね。
 
ライエン そうです。それまでは別のメーカーの楽器を吹いていたのですが、ベッケ先生からアントワンヌ・クルトワを薦められ、その音が気に入って使うことにしました。倍音が豊かで、音色のパレットをたくさん持っている。何よりも「歌うように吹く」ことができることが魅力です。
 
  確か4年前はAC420BRというモデルを使われていましたが……。
 
ライエン 今はちょっと違っています。「アムステルダムモデル」という、私のモデルを作っていて、そのプロトタイプを試しているところです。これまで「ニューヨーク」「パリ」といったモデルがありましたが、それらとは全く違う楽器になります。
 
  どんな楽器を目指しているのですか。
 
ライエン これまでで最高の楽器です! それは半分冗談ですが、少なくとも、自分にとって最高の楽器を目指しています。オーケストラ、室内楽、ソロなど様々な場に対応できる多様性を持っており、どんな音楽を演奏する場合でも1本の楽器でできるというものです。オーケストラではよくても、ソロを吹くためには少し硬く、豊かさが不足する楽器もあれば、ソロには最適だけれどもオーケストラで吹くには軽すぎるという楽器もあります。その両方を吹ける楽器にしたいのです。
 
  まさにライエンさんそのものですね。
 
ライエン そういう意味で、「自分にとって最高の楽器」なのだと思います。だから誰にとってもベストとは言いませんが、私のような奏者にとっては最高の楽器になります。ひとつの素敵な選択肢を提供したいと考えているのです。
 
ヨルゲン・ファン・ライエン氏
 

弦楽四重奏とともに演奏した室内楽のCDがリリース予定

 
  今後の活動について教えていただけることはありますか。
 
ライエン  BISから『Mirrored in Time(ミラード・イン・タイム)』という新しいCDがリリースされています。トロンボーンと弦楽四重奏によるCDで、弦楽器奏者はコンセルトヘボウ管の同僚たちです。同じメンバーで、2024年の7月に来日する予定があります。
 
  なぜ弦楽四重奏とともに演奏することにしたのでしょうか。
 
ライエン 自分のレパートリーとして、弦楽器と一緒に演奏する室内楽が少ないことを残念に思っていました。ホルンでしたらモーツァルトやベートーヴェン、ブラームスなどの室内楽曲が豊富にありますが、トロンボーンにそういう機会はありません。そこでまず「室内楽の王様」である弦楽四重奏と一緒に演ることに決めました。そして、既存の曲のアレンジと、現代の作曲家による新曲を対にすることを考えたのです。
 
 例えばダウランドの歌曲と、それをモチーフとしてアメリカの作曲家ニコ・ミューリーが書いた新曲を並べました。タイトル通り、鏡に映したように2つの時代の作品を関係づけるわけです。フォーレの《漁師の歌》は哀しい漁師の歌、ジェイコブTVの《Syracuse Blues》はイタリア・シラクサの魚売りの歌がバックに流れています。通常クラリネットやチェロで奏されるシューマンの《幻想小曲集》をトロンボーンにアレンジしたものと、精神を病んで自殺してしまったシューマンの最後の日々を描いたマルティン・パディングの《Schumann’s Last Process on》も同様です。
 
  とても興味深いアルバムですね!来日が楽しみです。 それでは最後に、日本のファンに一言お願いします。
 
ライエン 大変な時期を経て、また日本に戻ってくることができてとても嬉しいです。コロナ禍では聴衆に直接音楽を届けることができませんでしたからね。今回は吹奏楽をやっている日本の若い人たちと触れ合う機会もありました。彼らには、楽器を楽しみ、コンサートに行き、音楽を楽しむことを願っています。私自身、美しい世界とたくさんの喜びを音楽から得ることができました。だから皆さんにもぜひ同じ素晴らしい経験をしてほしいと思います。
 
  ありがとうございました。
 
ヨルゲン・ファン・ライエン氏
 
※ ヨルゲン・ファン・ライエン氏が使用している楽器の紹介ページは以下をご覧ください。
〈アントワンヌ・クルトワ〉テナーバストロンボーン” AC420BR
 

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